鎮魂の8月か。 憎悪を掻きたてるべき怨念の8月か?

 命名してみたが、長いので、一般に普及することはないだろう。
しかし、鎮魂だけではいけない!片手落ちだ!と自分は考える。

6日・・・広島原爆投下虐殺記憶日(ウラニウム型原爆人体実験日)
7日・・・豊川工廠空襲虐殺記憶日(全国では64都市を爆撃)
9日・・・長崎原爆投下虐殺記憶日(プルトニウム型原爆人体実験日)
15日・・・罠に嵌められ、極悪日本の汚名を着せられた
      大東亜戦争敗戦記憶日

国民性がもともと忘れっぽいとか、過去にこだわらず、水に流す
という、麗しくも、清らかな魂をもつ民族性なのだ!というのは
嘘だ!洗脳されクルクルパーになってしまった結果の状態なのだ!と知るべし!!
この戦争で、白人の植民地支配という歴史の流れをを日本が食い止めたのだ!という一部の日本人が喜びそうな解釈も嘘だ!
戦前の祝日の殆んどを血塗られ、東京リンチ裁判で、勝者による
裁きを甘受させられ、憲法を押し付けられ、教育勅語を国会決議
で廃止させられ、今も国富を毟り取られ続けていることを、
多くの国民が気づくには、「臥薪嘗胆」をキーコンセプトに
置いた、憎悪&怨念掻き立て教育が、もっと必要だ! 

鎮魂、慰霊、追悼は重要ではあるが・・・

60数年前に、この国の民は、国ぐるみで「虐待」「辱め」「いじめ」と名づけることのできる扱いを受けた。敗戦国という理由で。そもそも戦争なんて、国家間の喧嘩なのだから、「喧嘩両成敗」に決まっているではないか!なのに「戦勝国」=米国その他から、こてんぱんな目に遭わされ、今もまだ、その「永久占領下」にある。にも拘わらず、「虐待」をうけた自覚も占領されている自覚もなく、稼いだ富を毟り続けられていることにも無自覚で、子孫に対し、申し訳ない事態になっているにも関わらず、反撃の気配さえない。
「虐待」を受けた個人は、「誇り」や「自尊心」を失い、「自虐的」になる。その結果のひとつが、こういう行動となる。
やっているのは、ひらすら「鎮魂」「慰霊」「追悼」。人類の最も古い鉄則は、「目には目を、歯には歯を」ではないか。
1:わが国は、原爆2発を米国に投下する権利を有する
2:米国の都市の多い方から順に、64都市を空襲爆撃する権利
  を有する
3:米国の憲法を書き換え、米国の祝日を変更する権利を有する
4:米国の教育制度に手を加え、「星条旗」と「星条旗よ永遠
  なれ」を初めとする国歌を歌うことはいけないことなのだ
  という教育現場での公的教育がなされるようにする権利を
  有する 等等
そろそろ、「反撃」の姿勢を打ち出すべき時期なのではないか?
いつまでも、「鎮魂」「慰霊」「追悼」ばかりやっていると、
クルクルパーの呪縛から逃れられなくなると考えるがどうか?